原状回復はいくらまで請求できるのか|経年変化・通常損耗と耐用年数の決まり方
アットホームが2026年6月18日に公表した調査では、直近1年間に高齢を理由に入居を断ったことがある管理会社は49.2%、単身高齢者の入居で課題と感じることの最多は孤独死で84.0%でした(2026年2月調査・632社)。断る理由には、退去時にいくらかかるのか読めない不安も混じります。
その決まり方は国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」にあります。額を決めているのは年齢ではなく、入居年数と傷みの区分です。
ガイドラインは建物の傷みを3つに分けている
ガイドラインは建物価値の減少を3つに区分しています。
- ①-A 経年変化——建物・設備等の自然な劣化・損耗
- ①-B 通常損耗——賃借人の通常の使用により生ずる損耗
- ② 故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超える使用による損耗
そのうえで原状回復を「②を復旧すること」と定義しています。①-Aと①-Bは賃貸人負担で、次の入居者を確保する目的の設備交換や化粧直しも同じです。震災など不可抗力や無関係な第三者による損耗も賃借人負担ではありません。
なぜ年数が経つほど請求できる額が減るのか
②に当たる傷みでも、修繕費の全額を賃借人が負担するわけではありません。理由は2つです。
1つは二重取りになるから。経年変化・通常損耗の分は減価償却費や修繕費等の必要経費として賃料に含めて受け取っており、退去時にもう一度負担させれば二重評価になります。
もう1つは賃借人どうしの公平。入居1年で傷つけた場合と10年で傷つけた場合とでは、後者のほうが元々の経年変化・通常損耗が大きく、負担が同額では釣り合いません。
耐用年数と残存価値——クロスは6年で1円
そこでガイドラインは、経過年数が多いほど賃借人の負担割合が小さくなるようにし、最終残存価値は1円、負担は最低1円と定めました。平成19年の税制改正で残存価値が廃止されたことを踏まえた設定です。
- 6年で残存価値1円——壁(クロス)、畳床、カーペット、クッションフロア
- 設備機器——流し台5年/冷暖房機器・電気冷蔵庫・ガスレンジ・インターホン6年/金属製以外の家具8年/便器・洗面台等の給排水衛生設備、主として金属製の器具備品15年
- 建物の耐用年数によるもの——ユニットバス、浴槽、下駄箱など建物に固着して一体不可分なもの
入居5年で退去した部屋のクロス張替えなら、残る割合は(6−5)÷6でおよそ16.7%。6年超なら1円です。負担単位は㎡単位が望ましいとされつつ、毀損箇所を含む一面分までは賃借人負担としてもやむを得ないとされています。
年数で減らない項目がある
ここが実務で効きます。次は経過年数を考慮しません。
- 鍵の紛失——シリンダー交換費用相当分を全額負担
- クリーニング——通常の清掃を実施していない場合、部位もしくは住戸全体の清掃費用相当分を全額賃借人負担
- 畳表、襖紙・障子紙——消耗品で減価償却資産になじまない
- 襖・障子等の建具部分、柱
- フローリングの部分補修——全体を張り替えた場合は建物の耐用年数で算定
タバコのヤニや臭いで居室全体のクロスが変色・付着した場合は、居室全体のクリーニングまたは張替費用を賃借人負担とすることが妥当とされています。
年数で減らない費用を大きくするもの
長く住んだ部屋ほど、残る請求は「年数で減らない側」に偏ります。そしてその額を大きくするのは、入居年数ではなく発見までの日数です。清掃を怠った状態が続けば住戸全体のクリーニングになり、発見が遅れれば特殊清掃の領域に入って原状回復の枠を超えます。ごみ屋敷化やセルフネグレクトも同じです。
ここは事後の精算ではなく事前の設計で動かせます。異変に早く気づく仕組みを物件側に置くことは、回収できない費用そのものを小さくする打ち手です。
6年を過ぎたら、何をしても請求できないのか
そうではありません。ガイドラインは経過年数を超えた設備等でも賃借人は善良な管理者としての注意義務を負うと明記しています。年数を超えても使用可能な場合があり、それを故意・過失で破損して使用不能にしたなら、本来機能していた状態まで戻す費用——例としてクロスへの落書きを消す工事費や人件費——は賃借人負担となることがある、という整理です。
「6年経ったから1円」が当てはまるのは、原状回復義務が認められた部位の負担割合の話で、義務そのものが消えるわけではありません。
経過年数は「入居年数」で代替する
経過年数を厳密に追うには設備ごとの交換履歴が要りますが、完全に把握している例は少なく、入居者側も確認できません。そこでガイドラインは経過年数のグラフを入居年数で代替する方式を採っています。
入居時点の設備が価値100%とは限らないため、状態に合わせてグラフをずらして使います。始点は契約当事者があらかじめ協議して決めることが適当とされ、入居直前に交換していれば100%から、そうでなければ建築後の経過年数や損耗を勘案し1円を下限に決めます。
長く住むほど入居時の状態は立証しにくくなります。始点の協議と入居時の記録は、入居年数が延びるほど効いてきます。
高齢の入居者を受け入れる判断にどう効くか
受け入れ判断に引き直すと、こうなります。
- 年数が経つほど請求できる額は下がる。年齢ではなく入居年数で決まり、同じ年数なら誰でも同じです
- 長期入居で残るのは、鍵・クリーニング・畳表・柱など年数で減らない項目
- 額を左右するのは、部屋の状態に気づくまでの時間
「高齢だから原状回復費用が読めない」は、この3点に分解すると成り立ちません。年齢を条件にせず受け入れている物件の設計は判断の材料になります。受け入れ側の全体像は高齢者の入居受け入れで押さえる3点にまとめました。
特約で賃借人の負担を広げられるか
特約は可能ですが、最高裁判例を踏まえた3要件があります。
- 特約の必要性があり、暴利的でないなど客観的・合理的理由が存在すること
- 賃借人が通常の原状回復義務を超えた義務を負うことを認識していること
- 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
通常損耗の補修を負わせるには、その範囲が契約書の条項自体に具体的に明記されているか、口頭説明で明確に合意されている必要があります。将来負担する費用の単価等を示すことも紛争防止に欠かせないとされています。
まとめ:額は年齢ではなく年数と区分で決まる
- 求められるのは3区分のうち②だけ
- 年数が経つほど負担割合は下がる
- クロス・畳床・カーペット・CFは6年で残存価値1円
- 鍵・クリーニング・畳表・襖紙・柱は年数で減らない
- 6年超でも善管注意義務は残る
- 始点は入居時に協議して決める
- 額を左右するのは発見までの日数
誰に請求できるかは原状回復費用は誰に請求できるのか、値下げ幅は事故物件の家賃はいくら下げるのかで扱っています。